10年以上前に香港に行ったことのある人なら、もしかしたら覚えているかもしれません。公園のベンチの後ろにある壁や柱、路上の配水口や消火栓などを埋め尽くすように、一見無造作に、しかし執拗な執着心で書きなぐられているヘンテコな「落書き」を。
曾?財(ツァン・ツォーチョイ)−−「九龍王(ザ・キング・オブ・カオルーン)」として知られる「路上の書家」です。1921年広東省生まれ。16歳で香港に移住。35歳頃から街角で字を書き始め「九龍皇帝」を自称するようになります。九龍半島の多くの土地が、彼の先祖の所有物だったにも関わらず、香港政庁に徴用されたまま賠償もされていない(本人弁)、という不満を、香港の街中を埋め尽くすように書き続けるという行動で、香港では知らない人はいませんでした。最初は「街を汚すただの●違いオヤジ」と、邪魔者扱いをされていましたが、97年に、美術評論家のラウ・キンワイが「これはアートである!」と、彼の個展を断行。美術界でも大評判となり、路上の変なじいさんは、ある日突然「街頭書家」としてデビューすることになったのです。その後、ジャン・ラムやマイケル・ラウなど、若いクリエイターたちが彼の書を作品のモチーフに用いるなど、一躍香港のポップ・アイコンとなります。
2003年にはベネチア・ビエンナーレにも参加。04年のサザビーズのオークションで、彼の書は7,050USドルで落札されます。しかし、わずかな補助金で暮らし、パスポートも持たない彼は、周りで騒いでいることがどんな意味があるのかなど、皆目意に介さず、あいかわらず安いインクと筆を入れた「お道具箱」であるスーパーの袋を携え、本日の「キャンバス」を求めて、街を徘徊し続けました。
数年前に足を悪くしてからは、路上での落書きを続けることができず、老人ホームで、ラウ・キンワイが土産に持ってくる木板を相手に、相変わらず政府への不満を書き連ねる毎日でした。そして今年7月、永眠。とうの昔に彼を見放し、離散していた家族に囲まれての最期でした。多くの香港人が彼の死を悼み、この9月に、アーティストたちが参加して彼にオマージュを捧げる展覧会も行われました。
他ならぬ香港という場所でしか出現しえなかった九龍王という存在。すっかりきれいにされた香港の路上で、もう彼の「落書き」を見ることもほとんどありません。しかし、彼の書は、明らかに都市の奇観であり、これからも香港の伝説として人々の心に存在し続けるのです。
十数年前、香港で彼の路上の落書きを見たときから、その迫力と、表現しづらい切なさのようなものに強く惹かれ、「九龍王を探せ!」とばかり、香港の街中を、カメラを持って彼の書を追いかけました。ツァン・キンワーと知り合って、彼の話を聞いてからは、一度はご本人に会って、その話を記録しておきたいと願っていたのですが、それも叶わぬこととなりました。
香港返還の年に「アーティスト」として認められ、ちょうど10年後の今年、去っていった九龍王と「香港」そのものを重ね合わせ、何かが終わったのだ、と、勝手に感傷に浸るのは、第三者の困った思い込みなのでショウ。。。

http://en.wikipedia.org/wiki/Kowloon_King