こう見えてシャチョーは実わ主婦もやっていたりするので、意外と忙しかったりするんだス。
朝起きて天気がよければ洗濯機を回します。お布団も干しますし、朝ごはんのおかずに納豆をかき回したり(50回以上)お味噌汁を作ったり、回覧板がくれば迅速にお隣に回さなけれバなりませんし、綿埃を掃除機で吸ったらクィックルワイパーしなけりばなりまセン。その合間にもメールが入り、宅配便やら豆腐屋さんやらがやってくる。気がつくと
立ったままご飯をかっこんでいるでわありませんか。
そんな時、ああそういえば
メイベルも立ってご飯食べてたなあ、と思い出すんでス。
わたくしが香港で最初に下宿していた葉(イップ)家の五女、そりがメイベルです。
イップ家のアパートは、玄関を開けるとすぐ居間兼食堂という、香港では割とスタンダードな間取りだったので、帰宅すると結構な割合で、立ってご飯をかっこむメイベルの横顔に遭遇することになります。「taka、おかえり!」口いっぱいにほうばったご飯粒を飛ばしながら早速今日あったことを話しだすメイベル。最初は、うう、メイベルは
口の中のものを飲み込んでからしゃべればいいんじゃないのか、と、思ったりしましたが、すぐに慣れました。
メイベル・イップ。当時(1998年ごろ)50歳、まだまだ女ざかりでした。
すでに独立した長女と、エリート大学で寮暮らしをしている長男、年の離れた末っ子ビリーの3人の母でもあったメイベルは、香港では全然珍しくない教育ママでした。当時小学校5年生のビリーの勉強をつきっきりで見ては「ビリーはいい子だ、頭がいいね」と、自分の息子を誉め殺しです。ときたまビリーの宿題を手伝うこともあったのですが、そのときも「ビリーはいい子だ、できる子だ」と言うよう強制されました。宿題が済むとメイベルは「教育を受けた人は顔つきが違うんだから。絶対だよ。見れば分かる。うん、takaはちゃんと教育を受けた顔をしているよ」とねぎらって?くれたものです。「お父さんとお母さんに感謝するんだよ」とも。
メイベルの旦那さんは中国に工場を持っていて、香港には年に数度帰るか帰らないか、という生活でした。一度香港を鳥インフルエンザが襲い、正月だというのに鶏肉が食べられず、鶏好きの香港人およびわたくしは大いにストレスを溜め込んだ時期があります。数ヶ月ぶりで鶏が解禁されたとき、メイベルの旦那さんが
鶏の丸蒸しを3、4羽抱えて帰ってきて、わたくしもご相伴にあずかりました。みんな大喜びで、やれ食えもっと食えまだまだ食えと、口からクチバシが出るほど食べてしまい、家族全員で大笑いしたことがあります。
数年後、日本に帰ったわたくしが再び香港に行き、イップ家を訪ねたとき、メイベルはわたくしの腕をとりながら、あの旦那さんが、実はもう長い間中国に
若い女を囲っていたこと。自分は捨てられたことを、怒ったように話してくれました。わたくしは、出されたご飯を口に押し込んで聞いていました。
そりにしても、当時洗濯も回覧板もメールも掃除もしている気配もなかったメイベルは、どうしていつも立ってご飯を食べていたんでショウか?